1994年
ロンドンのウィグモアホールにおけるライヴ録音。いかにもアムランらしいプログラムである。収録曲は以下の通り。1)ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番〜第1楽章(アルカン編によるピアノ独奏版) 2)
ショパン ピアノ協奏曲第1番〜第2楽章(バラキレフ編によるピアノ独奏版) 3)アルカン 片手ずつと両手のための3つの大練習曲 4)ブゾーニ ビゼーのカルメンによる幻想曲 5)メトネル 「忘れられた調べ」から第3曲。
5曲中3曲が「編曲もの」で、録音ジャンルとしても珍しいものだが、中でもアルカンが編曲したベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番の第1楽章が面白い。オーケストラパートとピアノパートを一人で受け持ってしまっているわけだが、その入れ代わり立ち代わりの演奏技巧がまずは圧巻。そして編曲の面白さがまたすごい。オーケストラパートの秀逸な編曲で、音楽の勢いがまったく失われず、逆に新たな生命を宿したかのようだ。またカデンツァでは運命交響曲の旋律などを様々に引用し、まさしくこれは奇人(?)アルカンと達人アムランのコラボレーションでなければ生み出しえない音の世界が繰り広げられている。その悦楽はめったに得られるものではない。
また、そのアルカンの練習曲は3つの曲からなり、左手のため、右手のため、そして両手のためとなるが、ここでの技巧のすさまじさ、そしてこれをライヴに取り上げてしまうアムランのパフォーマンス能力全般にまたまた脱帽してしまう。旋律と伴奏の重和音をいささかもスピードの減少を感じさせず突き進むピアニズムの爽快さは比類ない。また「右手のため」の曲というのは曲のジャンル自体がきわめて貴重で、奇人アルカンならではの作品だろう。
ブゾーニの「カルメン幻想曲」ではカルメンの様々な名旋律が惜しげもなく連なっており、これまた演奏効果の高いお祭り的楽曲。それでいて、メトネルでさりげなくプログラムを閉じるあたりも心憎い。アムラン・ワールドにどっぷり浸れるアルバムです。
録音は、12の練習曲第1番〜第8番&第11番〜第12番、主題と変奏:2009年11月8-10日、ワイアストン・エステート・コンサート・ホール。12の練習曲第9番&第10番:1998年1月25-26日、EMIアビー・ロード・スタジオI。小さなノクターン:2009年5月15日、ブリストル、ブランドン・ヒル、セント・ジョージ教会。『最も親密な思いをこめて』:2008年8月30日、
ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホール。多くのマルカンドレ・アムランのファンが待っていたアムラン自身の作曲自演集である。
まず『短調による12の練習曲』についてだが、以下のような曲構成となっている。
・第1番イ短調「トリプル・エチュード」(
ショパンの練習曲による)
・第2番ホ短調「昏睡したベレニケ」
・第3番ロ短調「パガニーニ〜リストによる」
・第4番ハ短調「無窮動風練習曲」(アルカンによる)
・第5番ト短調「グロテスクなトッカータ」
・第6番ニ短調「スカルラッティを讃えて」
・第7番変ホ短調「チャイコフスキーの左手のための練習曲による」
・第8番変ロ短調「ゲーテの魔王による」
・第9番ヘ短調「ロッシーニによる」
・第10番嬰ヘ短調「
ショパンによる」
・第11番嬰ハ短調「メヌエット」
・第12番変イ短調「前奏曲とフーガ」
録音データから見てみると、このうち第9番・第10番は『コンポーザ・ピアニスト』に収録されていたものと同一音源。第3番と第6番が『カレイドスコープ』に収録されていたものとは別録音であることが分かる。つまり、アムランは自身の自作自演盤として残る本作品において、過去の録音のうち、第9番・第10番を『正』とし、第3番と第6番を『否』としたのだ。
そしてもう一つ。YouTubeにアップされているアムランの演奏会における『短調による12の練習曲』を確認してみると、ぼくが確認できたのは第1・3・4・6・7・8番がある。その中で、最も今回の録音で変化したのが、『トリプル・エチュード』で、『熊蜂』と差し替えになっている。以上のように、自身の作品として細部に渡って25年間の集大成とも言うべき『検証』を実施してのリリースになっているのが分かる。今年中には楽譜もリリースされるようで、この楽譜のリリースを持って『作曲家』アムランの『自作自演集』としてアムランの全アルバムの中でも最も価値ある作品として、残されると思う。
そして思うのは、未来においてこれからリリースされるアムランの楽譜を紐解き、アムラン以上の演奏をしてくれるピアニストが現れてくれるだろうか、ということだ。およそ想像しがたいが、それこそ『作曲家』マルカンドレ・アムランが最も望んでいることのような気がする。