SFホラー傑作「原子人間」(55年作)の世界的なヒットにより、配給会社からの要請でハマー・フィルムは本格的なホラーメーカーとして路線変更を試みる。それは、1930年〜'40年代に怪奇モンスター・ブームを巻き起こしたアメリカのユニバーサルによる古典怪奇ホラー映画のリメイクであった。
ハマーが最初に企画したのが、古典怪奇モンスター・ホラー名作「フランケンシュタイン」(31)の総天然色版、テクニカラーを源流とした色鮮やかな”フランケンシュタイン”物の世界初のカラー映画であり、本作(56年製作、57年にイギリス〜アメリカ〜
フランスの順に公開)なのであった。
<ハマーフィルムは当初、ボリス・カーロフ(当時69歳)をアメリカから呼び、ユニバーサルのメイクを使ってモノクロで撮影する予定だったらしいが、実現せず。如何にジャック・ピアースの手掛けた怪物メイクと、カーロフの演技力が凄かったという事だろう...。>
当時、英国
アカデミー賞テレビ部門最優秀男優賞を受賞(56年)したテレビドラマ界の人気スター、ピーター・カッシングを主演フランケンシュタイン男爵に招聘する事に成功、怪物役(本作ではクリーチャーと記されている)は無名時代のクリストファー・リーが起用された。
この二人の組み合わせが如何にハマーを...いや、ホラー映画史上の変遷の中で画期的であった事か。特に長身の為スタントマンや脇役が多かったリーが奇怪なゲテ物メイクを施し、台詞無しの姿にマスコミは交通事故に遭い整形手術が失敗した、と嘲弄する始末。が、本作がヒットすると第二弾「吸血鬼ドラキュラ」(57年製作)でリーはドラキュラ伯爵を圧倒的風格と凄まじき迫力で演じ切り、絶賛される。(主演はヘルシング役のカッシングである。)
本作以前にも二人は同じ映画で共演した事がある。英国産ドラマ物「ハムレット」(48)と「赤い風車」(52)の2本、共に脇役でしかない。
本作は怪奇映画黄金コンビの始祖作であり、監督には52年からハマーの前身であるエクスクルーシヴで活躍して来たテレンス・フィッシャー が起用される。
これが見事に当たり、カッシング&リーに加えフィッシャーと、ハマー・ホラー黄金トリオと呼ばれる事となる。尚、トリオ映画は「吸血鬼ドラキュラ」(57)、「バスカヴィル家の
犬」(59)、「ミイラの
幽霊」(59)、「妖女ゴーゴン」(64)と製作(どれも傑作)されている。フィッシャー監督自身もハマー・ホラー映画の看板監督として知名度をあげたのが、本作なのである。
本作は文芸的な雅趣に富むユニバーサル映画とは趣が稍、異なる。残酷度、猟奇性、怪奇色が濃厚。男爵が鞄の中から取り出す包みから切断された両手、グニャグニャ眼球を弄り回す、二階から老博士を突き落とし、叩きつけられる頭と人体。自分の研究の為なら狡猾で冷酷残忍、卑怯で手段を選ばない常軌を逸した男爵の悪党振りが際立つ。
美しい従妹エリザベス(ハマーとAIPを股に掛ける怪奇映画の女王ヘイゼル・コート)という新婦がいるにも拘らず、使用人の女ジャスティン(ヴァレリー・ゴーント=「吸血鬼ドラキュラ」では伯爵の手下の女吸血鬼を怪演)と情事を重ねる女好き。然も最後は怪物の餌(餌食)と始末する残忍非道な鬼畜振り。
リーが演じた怪物(クリーチャー)の姿は...全身包帯ぐるぐる巻きで登場。水槽で寝たきり状態から甦る。自ら、顔の包帯を毟り取ったメイクは、黒髪に爛れた皮膚、両頬に裂傷、額に大きな縫目、左右の眼の色が異なる。確かに交通事故で炎上した車から出て来た様な焼け爛れた醜悪な顔面。死体をつなぎ合せた遅鈍でギコチナイ動作や歩行、そして、無言で怪力の持主。丸でロメロ監督のゾンビみたいである。(そうか、ロメロは本作をも参考にしたな...笑。)
更に逃走した際、銃撃を受け(顔を押さえた手の間から滴る鮮血の描写が衝撃的)、再登場した時は更なる奇怪な変貌(お色直し)を遂げている。
ジェームズ・バーナード担当による音楽効果が強烈に効かされた戦慄場面も印象的だ。
男爵に騙された使用人の女が男爵の悪事を暴く証拠を掴む為、博士が出て行った研究室に忍び込む。明暗と光と影を巧みに駆使した照明効果による女の背後からゆっくりと伸びる怪物の手の影や振り向いた女の顔に斑に照らす照明。奇怪な変貌を遂げた怪物の顔面大写し、余りの恐怖で悲鳴を上げられない(窒息状態)女の悲痛に満ちた表情。咄嗟に扉に駆け寄るが外側から男爵が鍵を掛けてしまう。差し迫る怪物に今度は絶望の悲鳴をあげる女と、外でほくそ笑む男爵の姿。直截的な殺人場面が無くとも猛烈に死を感じさせる怖さである。断末魔の光景まで光と影の視覚的映像を見せ、最後は聴覚的表現で止めを刺す秀逸な演出効果である。
怪奇映画の醍醐味、カラー映像を遺憾無く発揮したホラー演出のお手本と絶賛したい。(マリオ・バーヴァにも影響を与えた照明効果、怪奇演出だと思われる。)
フランケンシュタイン男爵が牢獄にいる冒頭場面で、本人が回想(狂言回し的)する形で展開される。観る者の目を引く秀逸な脚本を担当したジミー・サングスターは以後、数多くの作品を手掛け、ハマーやイギリス映画に貢献している。(リチャード・マーカンドの傑作オカルト映画「レガシー」もその1本。)
全編、男爵の一人称で語られている為、彼の妄想であったかの様な捉え方も出来る...。「カリガリ博士」(19)を彷彿させるところもある。奇抜で斬新なラスト場面は劇的な余韻を残す。マッドサイエンティスト映画史に刻まれる傑作の1本。