架空の劇場で架空の役者が演じる架空の受難劇…
そんな二重に架空の世界を自分たちで創造して作り上げた巨大コンセプトアルバム、「A Passion Play」。
その架空の劇のパンフレットまで作ってしまって、これまた完璧な出来栄え。
架空の役者の写真は彼ら自身の写真だが、載せられている経歴などは完全に創作である。
まさに演劇的な作品だ。
さらには一曲45分の大作の中に幕間劇まで挿入されて、
どこまで作りこんだら気が済むんだと思うほどの凝りよう。
後にCDに追加されたその幕間劇「眼鏡をなくしたウサギの話」の映像は、
不思議の国の
アリスを彷彿とさせるような、実にシュールな世界を見せてくれる。
そしてもう一つ注目すべきはその歌詞。
正直に言うと、難解さがほとんどの人に理解できるレベルではない。
対訳ではなく頑張って
英語で読めばもう少し分かるのかもしれないが、
一度聴いて読んだぐらいでは絶対に自分なりの解釈を見出せない。
それでも、そんな難解な歌詞は面白い。
溢れる意味深長な言葉は、何だかかっこよくてたまらない。
最後に曲について。
基本的には前作「Thick as a Brick/邦題:ジェラルドの汚れなき世界」と同じような構成で、
リスナー飽きさせない素晴らしい展開は、
45分という長時間スピーカーの前に正座して最後まで一気に聴ききれるほどの完成度を誇る。
しかしテーマが前作より重い分、楽しげな美しさから悲しげな美しさへと変わっている。
どこか哀愁漂うイアン・アンダーソンのヴォーカルには、誰もが思わず聴き入ってしまうだろう。
プログレ界広しと言えども、ここまで前衛文学・演劇的な作品はなかなかない。
音楽好きに限らず、プログレッシヴな精神を持った芸術を愛する人に是非知ってもらいたいアルバムだ。
前作"Thick as a brick"(ジェラルドの汚れなき世界)も難解だの複雑だの言われるが、
そちらには気軽に口ずさめるフレーズやご機嫌なリフ、
静かなパート(つまり聴き手もミュージシャンも一息つけるパート)が豊富でまだとっつきやすい。
でも本作にはそれすら殆どない。静かな導入部に続く冒頭からして、
ロックなんだか
ジャズなんだかブギーなんだか。
ジャケットのバレリーナもよく見ると死んでるし。
そのくせヴォルテージは常軌を逸して高いのだ。
気が遠くなるほど高密度な演奏が冒頭からエンディングまで延々と続く。劇中劇
"The story of the hare who lost his spectacles"(眼鏡を失くした野ウサギの物語)で
趣が変わるが(よく聴くと出だしで鼻をすすっている)、
いずれにしろ親しみやすいフレーズは皆無。
だけど異常に緊張感が高くて、一度聴き始めると
毎回いつの間にか最後まで聴き通してしまっている、魔法のような作品。
もし本作の譜面が日本にあったらぜひ見てみたい。見た瞬間に気絶してしまうだろうけど。