私は幼い頃から、クモに恐怖を覚えていました。
その目の数や、独特のフォルム。そしてあの捕食の異常性に。
しかし、そんな醜いクモに遭遇する度、なぜか胸が締めつけられるような痛みを覚えていました。
何故だろう。この胸の痛みの原因は何なのだろう。
母に連れられて市内の病院を訪ねてみましたが、結局原因は分かりませんでした。
その痛みを、最近になって思い出したのです。
きっかけは弟と観に行ったアメイジングスパイダーマンでした。
劇場では、弟にはバレないように、と押し寄せる感情を隠していましたが、その時に確信しました。
私はクモ男が好きなんだわ、と。
自分で言うのも難ですが、そこからは早かったように思います。
各地の町コンへ繰り出しては「あの、手首から糸を出せますか?」と訪ねる日々。
気が付けば、スパイダーマングッズで部屋は埋め尽くされ、家族からは白い目で見られるように。
職場で放った I need 蜘蛛男!発言も良くなかったのかも知れません。正直きつかったです。
自分の居場所を無くし、心を疲弊していた私。
そんな折、Amazonでスパイダーマングッズに目星をつけていて、ようやく出会ったのです。
本当の私に。本当の私になれる
仮面に。否、人間の面をしていた、これまでの私こそがペルソナだったのです。
私を蔑ろにしていた奴らよ、今に見ておくといいわ!蜘蛛の子を散らしてあげる。ああ、なんて甘美なマスクなの…。
この深
紅のマスクをもっと早く見付けていれば。そう悔やまずにはおれません。
ありがとうAmazon。ありがとうスパイダーマン。
そして、ここまで読んでくれた素敵な貴方に、ありがとう。
イギリスの文学や映画によくある、「夢と希望に満ちあふれた無垢な青年が、世間の荒波にもまれて転落していく」という、アンチ・ビルドゥングスロマンです。こういうのを見ると、イギリス人というのは本当に「大人」だと感じます。普段からこの種のシニカルでアイロニカルな人生観に接していれば、滅多なことでは、ファシズムに流されたり新興宗教にハマったり、美味しげな話に乗せられたりはしないでしょう。
この映画は1973年11月、東京有楽町の丸の内ピカデリーで封切られたものの、上映時間が2時間50分もあってただでさえ回転率が悪い上に、客の入りも悪かったのか、3週間程度で上映が終わってしまいました。折しも
渋谷の東急レックスでは、この映画で主演を務めたマルコム・マクダウェルが同じく主演している「時計じかけのオレンジ」(監督はアメリカンのキューブリックですが、原作者はイギリスの作家アンソニー・バージェス)が再上映中。それで二つ併せて見に行きましたが、これらイギリス原産の底意地の悪い人生観は、当時まだガキだった身には、ことのほか強烈。今振り返ってみると、かなり影響されております。
数年経ってから、キューブリックが「時計じかけ」の次に作った、サッカレー原作の「バリー・リンドン」が封切られたので期待して見たんですが、監督自身も主演のライアン・オニールもアメリカンのせいか、毒気不足。アメリカンは実はお人好しで単純なのかなあ、とその時初めて感じた次第。技術力だけは凄いですが。
監督はリンゼイ・アンダーソン。「八月の鯨」とか云う敬老映画がやたらに評判が良いですが、本命はこの映画でしょう。即刻DVD化お願いします。
決して小さいとは言えないスピードガンだけど、抜群に使いやすかった。腰元に着けられるウエストホルダーが付属していて、持ち運びがかなり便利。ちょっと自慢気に草野球チームで毎週使ってます。ギフトボックスに入っているので贈り物にも喜ばれると思う。