11月のある日
彼の演奏には風景が見える。特に『鐘の鳴るキューバの風景』は、美しいハーモニクスや激しいタッピング等の技法の中で、風邪になびくサトウキビ畑や、望まれる抗争の場面までもが瞼の裏に浮かんでくるような素晴らしい表現力で聴かせてくれる。この難解な曲をここまで叙情性豊かな表現で弾き切っている演奏は他に聴いたことがない。彼の繊細さと豪快さを合わせ持つそこの深さには驚嘆させられるばかりである。
ブローウェルの作品集と言っても、これまで聞いたことのないような曲名が並ぶこのアルバムだが、収録されている曲はいい意味で80年代以降のブローウェルらしい、美しさと怪しさの絶妙なバランスを持った曲がほとんどである。多少毛色が違うのがル・コックの『イ短調組曲』。元はバロック時代のブローウェルが編曲したものだが、これがまた素晴らしい。全体を通じて感じられる寂しさとも悲しさともつかない空気の中で、時に高揚しまた冷めていくような感情の動きがよく表れている名曲である。ここでも大萩氏のギターは鋭敏な感性でその曲の表情をよく描き出している。よくあのような難曲を余裕を持って情緒深く弾ききれるものだ。この組曲の中で『ブーレ』はTV出演などの際よく弾かれるが、個人的に一番好きなのは『パッサカリア』。是非聴いていただきたい名曲である。
他にも、私の知る限りではこのアルバムでしか聴けない『キューバの子守歌』の二重奏版や、爽やかな切なさが胸に響くタイトルトラック『11月のある日』など、聴きどころ満載の名盤である。高度な技術を持ちつつも決してその技術に頼ることなく、あくまでも音楽を聴かせてくれる彼の演奏は、聴くものの心を音の世界に引き込んでいけるだけの説得力がある。
BIUTIFUL ビューティフル [DVD]
前立腺がんで余命2週間と宣告された男を主人公にした映画ですが、
よくある難病に侵された主人公に対する見送る側の視点で描いた感傷的な映画と違って、
遺される二人の子供たちの将来を憂う主人公の父性愛を物語の中心に据える事で、
生から死ではなく、死から生を見つめ直した、人間の生きる意味を問うた作品に
仕上がっています。
舞台はスペインのバルセロナですが、主人公が暮らす家は、サグラダ・ファミリア聖堂や
カサ・ミラなどの芸術的な町並みとは程遠い、ゴミ溜めのような貧民街にあります。
主人公は、その町に住む偽ブランド品や麻薬売買等で生活費を稼いでいる中国や
アフリカからの移民たちと共存して、移民たちの不法就労を手助けする人材ブローカー
として生計を立てていますが、主人公がガンに肉体を侵されてしまった設定は、
25歳以下の失業率が40パーセントを越え、闇経済に追いやられて搾取される移民労働者達を
ガンに喩えて、経済危機に直面するスペインの内情を投影させたからでしょう。
監督は『バベル』のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥですが、いつもの毒々しさや
おどろおどろした修羅場に欠けているのは、過去の作品で脚本を担当していた
盟友ギジェルモ・アリアガが本作に参加していなかったためで、メキシコの最も
治安の悪い地域で育ったというアリアガ程、人間の醜い部分と対峙してきた経験の無い
監督のロマンチストとしての一面が、悪い形で作品に反映してしまいました。