凍える牙 (新潮文庫)
深夜のレストランで男が炎上するという衝撃的なプロローグから、最後までずっと飽きさせません。犯人を追跡する捜査の過程も面白いのですが、人物の丁寧な描写はさすがです。女性蔑視も甚だしい中年刑事滝沢とバツイチの女性刑事音道貴子のコンビ。普通なら、あからさまに「刑事の職場に女は必要ない」という態度を示す滝沢に女性なら誰しも腹を立てることでしょう。でもどこか憎めない。貴子もただ片意地はって男に負けるもんか、とイキガってる女性じゃない。二人に共通するのは刑事という仕事に対する真剣さでしょうか。最初は反発しあう二人ですが、次第に同士ともいうべき不思議な連帯感を抱いていきます。
なんといっても圧巻なのは、貴子がバイクで狼犬を追跡するシーンです。こっちまで深夜の高速を走っているような錯覚に陥りました。
余談ですが、私も狼犬を飼ってみたくなりました。これを読んで音道貴子のファンになった方は、「花散る頃の殺人」もあわせて読むことをおすすめします。
しゃぼん玉 (新潮文庫)
乃南アサは天才だと思う。小説はフィクションであるが、良い小説はさも本当にあったかのようなリアル感がある。舞台になる宮崎県椎葉村は実際に存在し、「平家祭り」や「ラリー選手権」なる行事も行われている。人口を4000人を切ったのは平成9年となっているのでこの物語はその頃の話なのだろう。そうした舞台設定がしっかりしている為に、登場人物ひとりひとりが生きており、椎葉村へ行けば本当に「おスマじょう」や「シゲ爺」がいるのではないかと錯覚してしまう。これは主人公青年の人間回帰の物語であるが「人生をやり直す為のけじめ」ということでは多くの人に共感が持てるテーマでもある。乃南アサの「音道シリーズ」のようなユーモア作品ではなく終始綱渡りをしているような緊迫感があるが、読後は喉越しのよい爽快感があり「読んで良かった」と思える一冊。読み終わった後に映画やドラマ化をするなら、俳優は誰が良いだろうと思わず思ってしまった。空○やホ○ム○ス中○生を映画化する予算があるなら、こうした実のある小説を映画化すれば世界にも十分打って出来られるのに!!…と強く思う。何はともあれ宮崎県椎葉村の平家祭りに行ってみたいものだ。東国原知事、映画化すれば宮崎県の宣伝になりますよ!!
いつか陽のあたる場所で (新潮文庫)
正直なところ、自分の目の前に存在している人が、実は「前科者」ですでに刑期を終えた人だ、とわかった場合、
「もうちゃんと罪は償ったんだし関係ない」と考えられるかどうかは
自信がありません。罪にもよると思いますが。
でも、これを読んで、いろいろと本当に考えさせられました。
もちろん、そんなことはさておき、物語としても秀逸なのですが。
乃南さんがあいかわらずうまいな、と思うのは、
人間的には甘ちゃんだなあ、と思わせられる芭子の方は
ホストに貢ぐためがエスカレートした昏睡強盗罪、
(身勝手な犯罪ではありますが)で、
どちらかと言えば、前科としてはまだ軽い・・・かな??という設定に対して
人間的にははるかにできていて、犯罪の理由も全く同情できる
(夫の暴力で流産を繰り返し、やっと出来た子どもへの暴力から子どもを守ろうとした)な綾さんのほうは、
『殺人』という、やはりそれでもたぶん普通の人なら、聞けばひいてしまいそうな罪であることです。読んでいる間、この二人への感情の持ち方をずっと試されているような気がしました。
この作品で一番素晴らしい、と思ったのは、逮捕後完全に家族からは縁を切られ、仕方がない、と思いつつも「家族に捨てられた」ような気がしていた芭子が、ある事件がきっかけで、そのような事件を起こす前、自分はまったく家族のことなんか
考えてもいなかった、
「自分が先に家族を捨てていたのだ」と気がついた、というところです。
実際の事件なら家族がそのように反応しても無理ないと思うでしょうに、
読んでいると芭子視点でずっと語られることもあり、芭子を切り捨てたような家族にちょっと不公平な感想を持っていましたが、芭子とともに目が覚めました。
この作品自体は連作で一エピソードごとに一応完結し、
わりに淡々と進んでいくのですが、このエピソード前後のところは本当に涙が自然にでてとまりませんでした。
彼女たちがどのように再生への道をたどるのか、
そんなになだらかな道ではないのは次作「すれ違う背中を」を読んでもわかるのですが、ずっと続けて読みたいと思わせられる作品でした。