名演には違いないが、録音状態が少し悪い。
チェロの音にしても小澤&ロストロポーヴィチ盤の、ロストロポーヴィチのほうがスムーズで、綺麗である。
総合的にみて、五分五分か、小澤&ロストロポーヴィチ盤のほうが上か?
でも、オーケストレーションに関してはこっちのほうが骨太でよかった。
私がクラシックを聞き始めた1973年頃にデュプレは発病して音楽雑誌には体調が悪いと書いてあった。このドキュメンタリーでは1972年28歳のとき発病とある。最初は多分演奏するとき運指がおかしいなという程度だったろう。緩慢に進行するらしいから。チェリストが手や指の自由が効かないときの絶望感は想像を絶する。だからデュプレは音楽家として絶頂期を迎ええる前にリタイアしている。
チェロを演奏出来なくなってから「ピーターと狼」のナレーションを担当したレコードがあった記憶あり。「悲劇」と簡単にいえるが何と言うのか言葉もない。救いは旦那のバレンボイムが優しいことだろ。この映画では旦那さんとの共演も収録されている。キャリアがまだ十分でなくバッハなどはあまり得意でない感じがするがどうだろう?女性だと繊細さ優雅さなど期待するがデュプレは反対で「男勝り」というか豪快な演奏である。ピエール・フルニエなんかのほうが女性的で端正。才能が完全に開花するまえに病に倒れたがその「天才」は聞く者を圧倒する凄さだ。プライベートな映像もあり美人ではけっしてないがなかなかチャーミングなデュプレ。まあ涙なしには見れないよ。
映画が封切られた当時、私も見に行ったが、マスコミが騒ぎ立てるほどスキャンダラスな内容とは思わなかった。姉の夫を誘惑したとか、奇行が有名なことを隠していたとか、そんな話題ばかりが先行していたが、有名音楽家が変わり者であることなど珍しくもなく、そこまでセンセーショナルに扱われることの方に違和感があった。
当時夫であったバレンボイムの扱いが酷いということはあったと思う。「僕は有名なピアニストさ」って感じで現れ、ジャッキーをかっさらって行ったようなイメージがあったし、闘病生活を送るジャッキーがバレンボイムに電話をしても、他の女とよろしくやっていてジャッキーのことはもう忘れていたという場面は、バレンボイムにとっては理不尽な表現に思えるだろう。こういった個人的な事情は当人しか分からないことが多く、映像で一方的なイメージを植え付けるのは不公平だと思う。
私がこの映画で一番感動したのは、バレンボイムが指揮するオーケストラをバックにエルガーの
チェロ協奏曲を演奏するところ。結構長く演奏風景が映されていた。音楽はバレンボイムが指揮したフィラデルフィア管のCDを使っているのだろうけど、この音楽に引き込まれ、いつまでも聴きたいな〜と思った。映画なので途中ではしょられ、立ち上がれないジャッキーをバレンボイムが抱きかかえて連れて行くシーンに繋がっていた。
生きている人間には他人が窺い知ることのできないいろんな問題があり、結局素晴らしい録音を残したという事実が、後の世の人の前に転がっている。私達はこのCDを聴いて感動し、演奏を成し遂げた人達に思いを馳せるだけだ。
天才の地位と引き換えに安らぎを得られない妹と音楽で挫折したが愛を手に入れた姉。羨望と軽蔑。葛藤と許し。そんな二人が淡々と描かれるが、
チェロの調べがジャクリーヌの激情をしっかりと伝えてくる。何が幸せか考えさせられるし、何を求めるべきか悩んでしまう。エミリー・ワトソンの熱演を他の全てがどっしりと受け止めていて、濃い映画に仕上がった傑作。