単線の駅 (講談社文芸文庫)
本書は尾崎一雄の随想集(昭和51年刊)である。尾崎一雄の文庫本はもはや講談社文芸文庫にしか望めなくなったのかもしれない。値段はやはり高いが、散財とは思わない。
構成は、自然への敬慕、文壇や文学関係、自伝『あの日この日』のこぼれ話、家族関係の逸話の4章立てとなっている。その中から面白いものをいくつか拾ってみる。吉田茂・健一親子をチクリと批判する「日本の言葉・文章」は痛快。浅見淵(「ふかし」と読むことを本書で知った!)への追慕が込められた「贈呈署名本の処置」は味わい深い。そして、石川達三の奢りを痛烈に批判する「寄せ鍋式に」は感動的である。その末尾の一節を引いてみたい。
石川達三は、自分の書くものを「これこそが小説だ」と思っているらしい。私などは自分のものを「これも小説」と思っている方なので、他人の作品は、どれもそれぞれに面白いと思っている。この世にはいろんな花があり、木があり、眺めがあり、人があり、作品がある。それぞれに面白い、と、どうして石川達三には思えないのだろうか。石川が気の毒に見えるわけはその辺にある。
私もこのような価値観に共感を覚える者のひとりである。細心の注意を払って権威主義的にならないようにしようという慎み深さには敬服する。『古本暮らし』の荻原魚雷氏がこの作家に傾倒しているのもうなずけた。
暢気眼鏡・虫のいろいろ―他十三篇 (岩波文庫)
どちらかというと、清水宏の監督作品「もぐら横丁」の感想めきます。
芳べえ(島崎雪子)のお人よさ、主人公(佐野周二)の呑気さ、
映画では志賀直哉ご本人こそ出ないけれど、主人公にとってその存在の大きさが窺知できます。
どうもこのような私小説の映画化では、主人公を演者とすぐ結びつけてしまいます。
「尾崎一郎=佐野周二」であるはずはないのだれど。
芥川賞受賞のシーンは感慨深いものでした(やばい、完全に映画評になっている)。
でも夜中に庭で入浴しているところを巡査に見とがめられるやりとりなど、
小説ならではの味わいも堪能できます。師志賀直哉に倣えば、まさに「好人物の夫婦」を地で行った感じです。
わが心の詩
1曲目は、北村協一指揮、創価合唱団の演奏で、山本伸一作詞、多田武彦作曲の『わが心の詩』が収録されており、2曲目は山田一雄指揮、創価合唱団、土屋律子のピアノによる演奏で、尾崎磋瑛子作詞、佐藤眞作曲の『蔵王』が収録されています。別のレコードをCDになった時にカップリングしたものです。1980年と1982年の収録です。
『わが心の詩』は、山本伸一氏の写真詩集を題材にして「春風」「五月の海」「夢」「富士と詩人」「爽やかな別れの日に」「秋風」「旅人」の7曲が選ばれて1982年に作曲したものです。内3曲にテノール・ソロが、1曲にソプラノ・ソロがあり、愛唱しやすい雰囲気を持った合唱作品です。特に「春風」と「爽やかな別れの日に」は、多田節とも言われる音楽技法が感じられるステキな曲でした。多田氏の混声合唱組曲は珍しく、この音源も貴重ですが、購入が難しいのが残念です。多田武彦の音楽を数多く指揮してこられた北村協一氏の解釈はお手本のようなもので、創価合唱団の演奏もソロも立派で心に染みる演奏でした。
『蔵王』は、1961年の文部省主催第16回芸術祭合唱部門参加作品で、ニッポン放送の依頼を受けて作曲したものです。佐藤眞が、東京芸術大学の専攻科1年在学中に作曲された合唱曲の中で不朽の名曲といわれるものの一つです。
東京芸術大学の指揮科教授で、京都市交響楽団の常任指揮者であった山田一雄指揮による『蔵王』は、指揮振り同様、ダイナミックで歯切れの良い解釈で、それに呼応する立派な創価合唱団の演奏を聴くことができます。なおナレーションは入っておりませんので。