直木賞作家のデビュー作である。受賞したのは別の作品だが、こちらのプレビューの「原りょうの作品は発表順に読む方がよろしい」とのアドバイスに従ってこちらを先に読んだ。
さて中身はというと、まず文体だがこれは好みが分かれるところだろう。日本人作家にもかかわらず、翻訳小説さながらの地の文は、残念ながらヘチマたわし愛用の私の純和風の肌には合わず、星を一つ減らす原因となっている。
しかし、普段から翻訳小説を読みなれている方や、チャンドラーのファンであるといった方には全く気にならないか、むしろ大いに好まれるのではないだろうか。
それよりも原りょう作品にはもっと強烈な魅力がある。すでに読まれた方は画面の前で叫んでおられることだろう。
「台詞だよ、台詞!」
そう、台詞である。この作家は、フィクションとしての、そしてハードボイルド小説の登場人物としての味わいある台詞を書くのが実に巧い。
登場した主人公の最初の台詞を聞いた(沢崎の台詞に限ってだが、私の頭の中で音声として聞こえる)とき、細かい描写など必要なく、その立ち姿をはっきりと思い描くことができた。
また、「処女なんて捨ててしまいたい」とすがってくる19歳の据え膳娘に対する台詞が、40歳になった男の渋さを滲みださせていて心憎いばかりである。
さらに、依頼人である妙齢の女性から独身かと問われてそれに答える件もまた良い。この依頼人とは至極細い男女の糸を引き合うシーンが何度かあるのだが、その糸が決して大きくは振れない辺り、この作家の筆力の深さが感じられる。
これらの台詞はハヤカワ文庫JA版ではそれぞれ8、131、192ページに記載されているので、少しでも気になる方は、ぜひご自分の目で確かめられることをお勧めする。
色々と言われているが、私はある部分において作者を高く評価している。
それは『
ひぐらしのなく頃に』に続く本作においても色々と面白い仕掛けやシステムが導入されており、それはミステリの「手法」として新しい地平を築くほどに素晴らしい可能性を秘めていることである。
しかしながら原作者の竜騎士07氏は致命的にそれを使いこなせず、また自分で発明したものを作者自身が理解していない。
すごいのにすごくもったいない、作者の力量不足があまりに嘆かわしい……そういう評価である。
一番の問題点は、前作『ひぐらし』でもそうだったように、そもそもミステリを題材に織り込むには作者がミステリを知らなすぎることだ。
本作では悪魔の証明やらノックスの十戒やら、それっぽいガジェットを取り入れてミステリを演出しているが、ミステリのいろはともいうべき部分、「はずしていいところとダメなところ」を作者がきちんと理解していない。
ミステリとして解けなきゃアンチミステリ(魔法)だろう?と挑戦的なことをのたまう以前の問題である。
アンチミステリというジャンルが一定の評価を得るに至った背景には、ミステリを理解した上でシステムを逆手にとる妙が評価されたわけで、ただ無茶をやって破綻していればすなわちアンチミステリというわけではない。
また誤解してほしくないのは「
猫箱を閉じる」こと自体が悪いわけではないということだ。
投げっぱなし、読者に解答を丸投げ、無責任……大いにけっこうである。読者は「わからないことを楽しむ」ことができるからだ。
これには当然、賛否両論あるし、作者にとっても必ず一定数の反感を買うというリスクを許容した上で取る「勇気ある決断」の一つである(当然、そのためにはしかるべき手順や作法があるのだが)。
本作は、作者が「ミステリとしてはずしてはダメなところ」を無視し過ぎていることに加え、本来なら悪とは言い切れないはずの「
猫箱を閉じる」結末とが悪い方向に相乗効果を発揮してしまったことで著しく評価を下げてしまった。
「偽書に埋もれた一なる真実」を暴くか否か――発想は面白いし、「赤き真実」等のシステムも評価しているし、
魔女たちもとてもいいキャラをしているだけに、その結末に有終の美を飾れなかったことはとても残念である。
ちなみに『ひぐらし』が『うみねこ』に比べて評価が高いのは、前者の問題は同じでも後者がなかった(
猫箱を開示した)からである。
キャラ人気等の他の要素ももちろんあるが、少なくとも結末をぼかすことで一定数必ず出てしまう不満票を避けることができたのだ。
私個人としては『ひぐらし』の結末『祭囃し編』は「嫌い」だったが、作者の力量ではあれが限界だったのだろうと今ならわかる。
おもしろい作品を生み出すことができるのに、一番いい形で表現し、一番いい形で終わらせることができない……
氏の作品には「もったいない」という言葉が尽きない。
***漫画版について***
ぶっちゃけ原作よりも出来がいいです。
特にEP8は大きく原作とは違う展開になっており、結末にも少し期待がもてそうです。