近代化とは資本と機械が人間と労働を従える道であり、それ以降現代にまで続く非人間化と疎外の進行を、この映画は劇画風かつドラスティックに描いている。労働者を働かせながら
ランチを取らせる珍妙な自動食事機械の登場は、労働者にとってはまさに悪夢であるが、現代の経営者はつねにこれに類した経営努力に全力を傾けてきたのである。
こうした「モダン・タイムス」を動かす巨大な時代装置に翻弄されながらも、われらが工員チャッ
プリン選手と野性的な少女ポーレット・ゴタードお嬢は、ささやかな幸せを求めて懸命に生き抜こうとするのだが、私たちは彼等の前途になにが待っていたかをよく知っている。
ナチスがラインラントに進駐し、
スペイン内戦が勃発し、本邦では2.26事件が起こった1936年に製作されたこの映画では、全世界を覆う社会不安と労働者騒擾の遠い反響が随所で谺しているようだ。
本作ではチャッ
プリンがはじめて肉声(タモリのようないんちき外国語)で歌うのだが、前奏部の踊りはいいけれど、歌そのものはつまらないし、面白くもおかしくもない。また全体の構成は破綻しているとまでは言えないが、ストーリー展開の自然さを欠いているのは残念である。