冷徹な野心家の個性が音と映像で理解できる作品。
前半は家柄による差別、同僚の嫉妬、頑迷な上司といった障害にもめげず、 ひたすら自己研鑽する若き砲兵士官がツーロンの戦いで好機をものにするまでを描く。後半は
フランス革命の政治的混乱の中で、幾多の政治的危機を乗り越えながら「カエサルの再来」になるまでを描く。知識としてルソーの理想を知っていたボナパルトが、革命で暴徒と化した民衆が生首を掲げて練り歩く姿を見てニヒルな笑みを浮かべたりと冷徹な野心家の個性が巧みに描かれている。
テルミドールの反乱と投獄の時間的前後関係が史実と異なる。
本書は1955年生まれの
フランス近代史研究者が2013年に刊行した、
ナポレオン・ボナパルト(1769〜1821年)に関する伝記である。
ナポレオンは
フランスによる占領直後の旧ジェノヴァ領コルシカ島で生まれ、
フランス軍の砲兵となったが、
フランス革命の混乱の中で故郷を追われたり、ジャコバン派として身柄を拘束されたりした後、王党派の反乱を鎮めて
イタリア方面軍司令官に抜擢されたことで、出世の糸口をつかんだ。彼は巧みな戦術で
オーストリア領北
イタリアを攻略した際、新聞を徹底的に活用して自身を英雄に仕立て上げ、同様の手段で
エジプト遠征の失敗も糊塗し、莫大な戦利品と賠償金で独断での占領政策をも政府に不問にさせた。その後、軍事クーデターと票の水増しによって政権についた
ナポレオンは、徐々に反対派を抑えて内外の平和を実現し、短期間に安定的な制度を根付かせたため、その政治家としての能力は評価されている。その半面で、自由な言論は制限され、民衆の立身出世にも制限がかかった。彼は皇帝になった(これは共和制と矛盾するとは思われていなかった)後、ヨーロッパ大陸を制覇し、自身の王朝を築こうとしたが、大陸封鎖の失敗、
ロシア遠征の失敗、植民地ハイチを含む影響下の地域での国民意識の覚醒などが原因で没落する。しかし、彼自身のプロパガンダと死後の政治情勢により、彼は近代ヨーロッパの誕生を象徴する英雄として、革命の成果を一身に体現するかのような扱いを受けており、未だに評価は分かれている。本書は以上のような、「歴史研究者の手にあまる存在」の人生を、社会背景の分析も踏まえて、なるべく等身大の人間として描こうとしている。注がないことが残念だが、論点が
コンパクトに整理されており、読み応えがある。