T.R.Y. (角川文庫)
詐欺といえば、名作ジョージロイヒル監督の『スティング』でしょう。これ以上の傑作はない。詐欺をモチーフにした作品の面白さは、なんといっても、繰り返し観客がだまされ、どんでん返しが起こることでしょう。一つの結末というのが、つねにペテンの仕掛けに過ぎないという、驚き。そういう意味では、この作品は、なかなかのもんだと思います。
それと同時に、1900年代のカオス的な東アジアの状況を、うまくエンターテイメントに仕上げているのが、秀逸です。戦前の東アジアを扱ったエンターテイメントというのは、少なく僕がすぐ思いつくのだと安彦良和さんの『王道の狗』『虹色のトロツキー』や司馬遼太郎『坂の上の雲』、江川達也『日露戦争物語』や栗本薫『大道寺一族の滅亡』など、こういった時代背景を押さえていると、ますますおもしろく読めると思います。
この時代は、善悪をぬきに考えると、ものすごくダイナミックで複雑で切実で壮大な背景を持っています。日本の教育は近代史が欠落しているけれど、こういう風にエンターテイメントで表現してくれると、すごく分かりやすいです。
それにしても、司馬遼太郎の坂の上の雲に出てきた対ロシア諜報活動をした明石大佐のキャラが、底知れなくて、めちゃめちゃ興奮しました。
星が一つ足りないのは、伊沢修というキャラの腰の据わらなさが、ちょっと薄っぺらい気がしたからです。彼は、詐欺で人をだますのを最も欲するのか、それとも革命に殉じたいのか、それがもっとはっきりしていれば、感情移入しやすかった気がします。
Life(初回盤)
7年ぶりのフルアルバムは、聴く者の心にしみいる。
メロディーメーカーである彼の多彩な楽曲もよいが、詩が特にいい。
TMNETWORKのイメージではなく、ひとりの生活をもつ男としての歌。
こんな素晴らしい人といられる家族がうらやましい。
そしてこんな素敵な人のファンでいられてうれしい。
いろんな世代の人にお勧めだが、とくに40代の働き盛りに耳を傾けてほしい。
ブンデスの星、ふたたび (ホペイロ坂上の事件簿 J1篇 ) (創元推理文庫)
架空のプロサッカーチーム・相模原ビッグカイトの用具係(ホペイロ)である坂上くんが活躍する日常の謎系シリーズの第3弾。チームはJFL、J2と順当にレベルを上げてきて、本作では何とJ1で活躍中である。
第1弾、第2弾と読んできていて、提示される謎がだんだんサッカーと関係なくなっている気がするが、まあそれはOKか。登場人物群は、基本的に従来の踏襲だが、第2弾で存在感を示していた女社長は今回完全に脇役。代わりに、坂上くんの部下として雇われた若者がいい味を出している。一方で、第1弾で前面に出ていた(ような気がする)相模原ローカルな周辺描写は、今回はちょっと絞りぎみ。この辺はちょっとさびしい。
シリーズものとしては一旦終了とのことだが、まぁなんにせよ、ほぼサッカーネタだけでここまで引っ張ったのはなかなか素晴らしいともいえるかな。