宮崎駿の雑想ノート
1984年から約10年にわたって模型雑誌モデルグラフィックスに断続的に連載された短編を集めた短編集。
初期の作品は古今東西の珍兵器を紹介するイラスト入りエッセイ的な趣であったが、そのうちストーリーの割合が多くなり、この連載の中から後に映画「紅の豚」となった中篇やドイツのタイガー戦車を扱った傑作「泥まみれの虎」などが生まれた。
扱われるテーマは宮崎駿の趣味性が制約なしに現れており、エレクトロニクスではなく機械制御しかなかった時代の兵器が、それを運用する人間の悲喜劇とともに描かれる。とはいえキャラがブタキャラ、犬キャラや4頭身のオヤジキャラ(ラピュラに出て来るタイガーモス号の機関長のようなキャラ)で描かれているなど、全体には宮崎駿調ユーモアにあふれており、全ページ彩色、コマ割の枠も手書きといういつもの宮崎漫画スタイル。
第一次大戦後に考案された空中戦艦こと巨大爆撃機(エンジンが非力すぎ低空低速でしか飛べなかった)や多砲塔戦車(鈍足すぎて戦場では使い物にならなかった)、日本の仮装特設空母(商船を改造)と旧式複葉攻撃機、日中戦争時の中国空軍による日本本土爆撃行、太平洋戦争末期の漁船を改造した哨戒艇(戦力というより捨石的使い方をされた)とB-25との戦い、第一次大戦期のドイツ空軍によるロンドン爆撃行などなど。
全体にメカニカルな機械に対する偏愛と、それらを悪戦苦闘して運用する人への愛着を感じることができる。宮崎駿には早く新作映画を作って欲しいな、と思う一方でこういう趣味性にあふれた作品をもっと書いて欲しいなとも思う。余談だが、福井敏晴の小説「終戦のローレライ」に登場する20センチ砲を搭載したフランスの潜水艦シュルクーフも珍潜水艦として紹介されている。
泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート
有名なティーガー戦車を駆っての伝説的な活躍で知られる、オットー・カリウス氏の著書を土台にした作品。
主人公のカリウスは、部下が休んでいる時間も一人戦場を巡り、地形を調べ敵の状況を予想し、自らの足で情報を集め、来るべき運命に備える。慢性的な疲労と空腹、休み無く続く死への恐怖と緊張、そんな状況の中でも、彼は考え得る最善の行動を取ろうとする。その姿は、さながら超人のようである。驚くべき事に、彼は当時21歳だったのだ。
著者は登場人物を豚の姿で描き、死者を見せることなく、時折ユーモラスな描写を用いることによって、極力"戦争の悲惨さ"を排除しようとしているように見える。しかし、延々と続く小さな土地を巡る戦いのシーンは、戦場の過酷さを見事に疑似体験させてくれる。
この作品からは、押しつけがましい反戦もティーガー戦車の格好良さも感じる事は無い。それ故、その混沌とした世界は様々なことを我々に考えさせる。
この漫画単体でも充分に楽しめるが、原作とも言える「ティーガー戦車隊」を先に読んでおくことをお勧めする。この21歳の若者の生きざまに、自らを省みて少しばかり恥じ入るのも、そう悪くはない。