焼き鳥「門扇」、一代限り
岩本一宏という料理人が「門扇」(もんせん)という焼き鳥専門店を開業して引退=閉業するまでの手記である。読み終り、感銘、というよりショックを受けた。世の中にはこんなにも、料理や食べることに関して真剣な人もいたのだという思いだ。いや、もちろん和食の料理人やフレンチのシェフとか、我々の遠く及ばないところにはそういった人々もいるのは知ってはいたが、料理が焼き鳥である。焼き鳥を軽く見るつもりはないが、ここまでこだわる事が出来るのは頭が下がる思いだ。「和食の達人が究極の焼き鳥を作りました」とは違い、これで毎日営業をしていたのだ。なんにしても、「食」というものの奥の深さを、改めて考えさせられた。
最も読みどころは、仕込みから接客までお店での一日が克明につづられているところだ。仕込みでは、岩本さんの焼き鳥に関する思い入れの深さが伝わり、そして自分もお店を持って仕込みをしている気分に浸れる。接客では、焼き鳥コースの料理が順番に出てくるが、ここではお客さんになった気分になれる。それも、最高の焼き鳥を食べるお客さんだ。100%焼き鳥を食べたくなるが、「門扇」はもうない。
レシピに近いことまで書かれてあるので、この通りやれば「門扇」が開業出来るわけだが、とても無理なことである。それは、読むとすぐわかる。しかし、その料理やお客さん、そして食べることに関する姿勢は学ぶことが多いにある。料理に関する仕事をしている人、目指している人、食べることが好きな人は、是非とも読んで欲しい一冊である。