1970年代記―「まんだら屋の良太」誕生まで
1979年『漫画サンデー』において10年以上の大人気を博した『まんだら屋の良太』の著者・畑中純氏の自伝漫画である。
私自身、『まんだら屋の良太』の思い出は、NHKの銀河テレビ小説(1986・2・3〜2・21 良太:杉本哲太、月子:石野陽子)での印象が強く、特にオープニングの杉本哲太氏のダンスは印象的でした。
本書は、著者が大志を抱いて小倉から上京。配管工として働きながら漫画家を夢見る青春時代(20代)と、当時の世相(1970〜79)を漫画で再現した、初の自伝的作品である。
1950(昭和25年)生まれである著者がまさに20代という青春記をこの時代に過ごされているので、当時の世相と著者自身の暮らしぶり(建築業〜結婚〜漫画家デビュー〜連載)が描かれているのがわかりやすい。
読後の感想として明らかに70年代初頭と末期では時代の流れが大幅に異なっていることが感じられる。私自身1970年代を過ごした経験がないのでわからないが、当時のニュース映像や創作物を見てみると明らかに90年代や21世紀の10年間とは異なった70年代独特の血の濃き時代の変化が感じられた。
・ 70年代初期には、日本万国博覧会開幕、赤軍派よど号ハイジャック事件、『あしたのジョー』、三島由紀夫割腹自殺、
・ 70年代前期には、浅間山荘事件、沖縄本土復帰、『木枯し紋次郎』、『仁義なき戦い』、
・ 70 年代中期には、ベトナム戦争終結、ロッキード事件、長嶋茂雄引退、『燃えよドラゴン』、ユリ・ゲラー、『ノストラダムスの大予言』、『エマニエル夫人』、アグネス・ラム、『およげ!たいやきくん』
・ 70 年代後期には、王貞治756号本塁打世界記録、ピンク・レディー、『未知との遭遇』、サザンオールスターズ、『サタデー・ナイト・フィーバー 』、江川卓・空白の一日、三菱銀行人質事件、インベーダーゲーム
・ 70年代末期には、たのきんトリオ、『3年B組金八先生』、『ドラえもん』、『機動戦士ガンダム』
・ 80年山口百恵引退
最後に本書を通して70年代がいかに激流の時代であったか感じられてよかったです。
月子まんだら 愛蔵版
2012年6月に逝去された畑中純が2008年に出版した作品。畑中純のライフワークともいえる『まんだら屋の良太』で描かれたヒロインの月子が主人公の久鬼谷温泉の色欲ドラマ。月子以外はほとんど皆、色情狂であり、殺人事件などもあったりするのだが、どこかメルヘンチックで、ほのぼのとしつつ、かつ人生肯定するような心地よい読後感が得られる。現在、『まんだら屋の良太』をはじめとした畑中純の他の作品が手に入りにくい状況においては、この本は結構、貴重な位置づけにあると思われる。
鍵 (文豪シリーズ)
この作品は複数の登場人物の語りが交錯し、さらにカタカナの読みにくい日記の記述が長く続いたりと、またしても構成と文体の新機軸が打ち出されているので、とっつきにくいと思う。もうキャリアは後期にあったのにここでこんな構成と文体の晦渋さを示し、テーマは愛欲関係の機微を持ち出してくるのだから、すごい。
読みにくい日記の部分を何とか読んでいこうとすると、読んでいる自分自身がが夫婦のねじれた愛の関係に巻きこまれていくという仕掛けがあって、読みにくい文体は狙いをはずしていない。また、日記という言葉の固定された形を辿ることによって言葉自体のわなにも敏感になり、話し言葉という流動化された言葉が含む仕掛けにもまた敏感になっていくといった、言葉の魔性、言葉が司る観念の魔性にも思いが広がる作品でもある。
初版本は棟方志功の挿画を使ったふんだんに使った装丁で、この文庫の表紙もそれに準じたデザインだが、なにしろ愛欲の誘惑と観念の危険さが印象に残った小説。