ヒッチコックに進路を取れ
ご存じ山田宏一と和田誠、“愛”を以て映画を語らせたらこの人たちの右に出る者はいないであろう博覧強記なふたりが、アルフレッド・ヒッチコックについて大いに語り明かす。このプログラムを聞いただけで心踊らない映画ファンが果たしているだろうか?なんて、尊大な事を思ってしまうくらい、中年映画ファンには嬉しい1冊。
イギリス映画の記念すべきトーキー第1作でもあるデビュー作「ゆすり」から、遺作の「ファミリー・プロット」(私が、唯一リアルタイムに“間に合った”作品)まで、その演出テクニック、小道具、衣装、メークアップ、主演スターから脇役までの俳優陣に製作背景までが、各場面のディテールを微に入り細に入り描写しながらたっぷり語られる。
「北北西に進路を取れ」なんて、そのサスペンスとユーモア感覚とケーリー・グラントの魅力を余す事なく紹介されていて、そんなに傑作だったかともう一度観直してしまった(笑)。
私は、全36作中14作しか観ていない。だからおふたりの語っている内容が理解できない部分が多い。すごく残念だし、口惜しいのだけれど、それでも本書を読み続けていくのは楽しい。それは、何より映画が好きで好きで堪らないふたりの語り口に心地良く酔わされるからである。
和田による多くの挿絵も素敵だが、「裏窓」や「ダイヤルMを廻せ」など、かっての名著「お楽しみはこれからだ!」で初出されていたモノが使われていたのが懐かしかった。
今回はヒッチ作品オンリーだったが、おふたりには、今後も、サスペンス、コメディ、ラヴ・ストーリー、西部劇・時代劇、ミュージカル、フランス映画、日本映画等ジャンル別に大いに語って頂きたいものである。
ヒッチコック・シグネチャー・コレクション 〈6枚組〉 [DVD]
アメリカ時代のヒッチコックといえばパラマウントとユニヴァーサルで作った『めまい』や『知りすぎていた男』といった豪華絢爛な作品が目立っていますが、その基礎を作ったのはワーナーで作った渋いサスペンス映画。今回のBOXはその「ヒッチコックのワーナー時代」の全貌を網羅したもので、ヒッチコックファンが長年待ち望んでいたものが遂に登場したという感があります。
ハリウッド・メジャーの中でワーナーはもともと庶民劇を得意としていた企業でしたが、ヒッチコックはこのワーナーカラーをうまく生かして、後の大作とは異なる、よろリアルな恐怖を醸し出すことに成功しています。特に貧困に喘ぐ男が強盗犯人に間違えられる『間違えられた男』や、宗教というより人間としての信条と正義の間で悩む神父を描いた『私は告白する』は、私たちの実生活にも当てはまって身につまされるものがあります。また、『見知らぬ乗客』の脚本を書いたレイモンド・チャンドラーや『間違えられた男』のヴェラ・マイルズ、そして『ダイヤルMを回せ』のグレース・ケリーといった、ヒッチコックの人生に重要な影響を与えたキャラクターが登場するのも、ワーナー時代の特徴でしょう。
つまり、ワーナー時代の諸作品は、ヒッチコックの人生と最も密接した重要な作品群。これは必見のコレクションです!
ダイヤルM [DVD]
ストーリーに力があればリバイバルであっても十分新たな魅力が引き出せるという典型例ですね。
モーツァルトやバッハの曲でも演奏するオーケストラや指揮者や奏者によって作品が価値を紡ぎだすように。
お気に入りは破滅の運命に吸い寄せられ、抗う事の滑稽さがおそらく頭脳明晰な男をピエロに
仕立てあげていく四季の変化を感じさせるようなストーリーと夫婦の住む家の素晴しさ・・・アイリッシュ
コーヒーのように甘さを感じさせるなかに苦味が味わい深さを醸し出すようなインテリア。
主人公夫婦の生活の空気感が演技者達に厚みを持たせている。「家の鍵」とうアイテムはたばこのように
最高の小道具として作品に見事な質感を与えている・・・ヒルダパパの大好きな一作です。
疲れた木曜日の夜に見られることをオススメします!
ダイヤルMを廻せ ! 特別版 [DVD]
F・ノットが自身の舞台劇を脚色した、ヒッチコック・ミステリー。若く美しい妻マーゴ(ケリー)の不倫を知ったトニー(ミランド)は、彼女の殺害を企む。自分はマーゴの不倫相手マーク(カミングス)とパーティへ出かけ、その間に旧友の悪党レズゲートに妻を殺させようというのだ。だが計画は失敗、マーゴが逆にレズゲートをハサミで刺し殺してしまった。思わぬ展開に焦りを隠せないトニーは、実はマーゴが不倫をネタに脅迫されており、そのためにレズゲートを殺したというシナリオに変更する事にするのだが……。元が舞台劇だけに、ほとんどの舞台となるアパートの造りを上手く利用した構成は巧みで、鍵をはじめとする小道具の使い方もお見事。元々は3D(立体)映画として作られており、それゆえに画面から突出してくるような絵造りが至る所でされている(最たるものはやはりハサミであろう)が、日本の劇場では通常版が公開されただけである。ミランド好演、ケリーはいつもながら美しく、事件の“鍵”を見つける警部に扮したJ・ウィリアムズがいい味を出している。
鮎川哲也名作選―冷凍人間 (河出文庫―本格ミステリコレクション)
著者が中川淳一や薔薇小路棘麿(!)などの名前を使っていたころ、本当に初期の短編15作と、藤雪夫、狩久と合作した長編(量的には中編かな)『ジュピター殺人事件』が収められています。
本の副題が「本格ミステリコレクション」となっているのですが、本格以外のものもかなりの数あって、そのジャンルはファンタジーからメルヘン、はては怪獣ものまでとバラエティにとんでいます。かえってこれら(『月魄』『地虫』『怪虫』など)のほうがミステリよりできがいいくらいで、著者の物語を創造する力と筆力に改めて凄さを感じました。
『黒いトランク』や『りら荘事件』など、緻密で計算された本格ミステリ作家・鮎川哲也とはまた別の顔が楽しめる一冊、ファンなら読むべし!ファンでなくとも読んでみて、おもしろいよ。