すベてがFになる (講談社文庫)
これだけの(境界)条件から、科学的に再現可能な他の回答が考えられますか?
物語の終盤での主人公の一言。これがこの小説の特徴を一言で捉えている。
瀬名秀明が巻末で解説している通り、通常ミステリー小説では感情的な動機で殺人が起こる。読者は殺人の動機を探して読み進めるのだが、逆に起こったこと全ての原因をそれで説明しようとして思考停止になってしまう。
この小説では殺人に感情的な動機が存在しない。だからいつもと同じ調子で読んでいた私は途中もどかしい気持ちになったが、謎が解けた時、常識、つまり自分の経験から離れる快感があった。
森博嗣の作品はこれが初めてだったので、ミステリー小説の常識の枠で読んでしまったが、頭を柔らかくしてトリックに挑みたい。
阿部一族 ディレクターズ・カット [DVD]
主君への殉死をテーマとした森鴎外の短編を映画化したものです。
内容については詳述しませんが(見て下さい)、正直ここまで凄烈な描写になるとは驚きです。最後の阿部一族の屋敷での討伐軍との戦いでは、勿論そこを派手にしなければならないのですが、さすが深作監督らしく思い切り盛大に描いています。男同士の斬り合いもさることながら、女性や子供が覚悟を遂げているシーンなども入れてあり、武家の義をしっかりと表現しています。
何よりも圧巻なのは、佐藤浩市と真田広之の槍による立ち合い(役名はあるのですが、あえて演者で書きます)。友であり同門である佐藤浩市を自らの手で送ってやることが最後の友情であると言わんばかりの激しい戦いです。周りの討手など下手に手出しをして逆に佐藤浩市の餌食にされるくらいで(そういう描写も凝っています)、その最後も壮絶の一言に尽きます。
最近の時代劇の風潮とは少し外れているかもしれませんが、武士道を理解する意味でも外せない作品だと思います。
舞姫 [DVD]
このシリーズの主眼であるヴィジュアルの美しさは、かなりのものです。
エリスは線が細くて可愛らしいし、豊太郎もアンニュイな感じ。音楽もメロドラマ的で雰囲気出てます。
しかし、時代考証やロケーションの考証にたいへん抜かりがあって、20世紀初頭のドイツの話なのに
ベルリンの通行人の服装が第二次大戦後のアメリカのモードっぽかったり
町並みがドイツというよりスペインとイタリアの折衷っぽかったり
豊太郎が質草にエリスに与える「時計」が腕時計(!!)だったりします。
また、ナレーションが本文の抜粋なのですが、これも現代語訳がところどころ怪しいです。
抜粋されている箇所も、そこなの? というのがたまにあったりして、洗練度は高くありません。
ですので、「これを観て『舞姫』の勉強をしよう」という方にはお薦めできません。
あらかじめストーリーを知っていてイメージを膨らませたい方・きれいな絵でこの話を観たい方向け ではないでしょうか。
BUNGO-日本文学シネマ- 高瀬舟 [DVD]
原作は遠い昔に一度読んだことがあるだけで
すっかり忘れてしまいましたが、
現代風にアレンジしたり奇をてらったりすることなく、
「文学」を真正面から映像化した誠実な作品だと思いました。
極端な光の白さと色調の乏しい映像から、
この時代(明治)の灯りの乏しさと
兄弟の暮らしの貧しさが伝わってきます。
特に胸をうたれたのは、夜、真っ黒な高瀬川を
滑るように下っていく小さな船の上で、
罪人(成宮寛貴)が同心(杉本哲太)に
静かに真相を語るシーン。
闇の中、月あかりに照らされた罪人の顔はおだやかで、
提灯(行灯?)に浮かぶ同心の顔は訝しげに凝っている。
二人の表情といい語り口といい、
バックに流れる切ない音楽といい、
なんともいえず絶妙で見事です。
台詞は原作のままなのかどうかわかりませんが、
やはり「文学」を意識していると思われ、やや朗読っぽい。
それがまたいいのです。
映像なのに、本を読んでいるような、
不思議な感覚にとらわれました。
作品が描き出すテーマは重く、
現代においても簡単に答えの出ない問いを含んでいますが、
さすがというべきか、まったく押しつけがましくありません。
たった30分という短さですが、
つまらない映画を2時間見るより、よほど見応えがありました。