パラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国のミクロネシア3国の領海及び排他的経済水域(EEZ)は、米豪に次ぐ世
ミクロネシア ランキング!
ミクロネシアを知るための60章【第2版】 (エリア・スタディーズ51)
北マリアナ諸島自治区、パラオ共和国、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国、ギルバート諸島、ナウル共和国、キリバス共和国。太平洋に広がるミクロネシアと呼ばれる地域についての本。2005年に発行された本の改訂版となっており、時代の変化に応じて中身が一部見直され、新たに2章が追加されている。複数の専門家のよる共著で、地理と自然環境、歴史、伝統、生活文化、自立と経済、観光資源、日本との関係、各地域の事情といった内容が扱われている。ミクロネシアには、マリアナ諸島、カロリン諸島、マーシャル諸島、ギルバート諸島、ナウル島の4つの諸島と1つの島があり、合計で2300もの島々によって構成されている。また、それらは全て火山島とサンゴ島のどちらかである。東西5000kmの広さとなっており、言語的にも文化的にも均一ではない。自然災害は多いし、海洋資源とリン鉱石以外の天然資源に乏しく、経済基盤も弱い。歴史的にも大航海時代のヨーロッパ各国などの事情に巻き込まれた経緯がある。この地域は日本の統治時代や太平洋戦争、戦後のODAを通じた援助、観光といった面で、日本とのかかわりが深い。日系人もかなりいるようだ。同時に、「コンパクト・グランド」というアメリカとの自由連合に基づいた経済援助への依存度が高く、安全保障においてもアメリカとの関係は深い。ビキニ環礁での水爆実験の傷跡もある。そのような中で、パラオ共和国のような非核憲法を持つ国もある。移住、養子、出稼ぎ、送金、市民権、米軍再建などの問題が複雑に絡み合った中で、グローバリゼーションや地球温暖化による海面上昇の影響も受けている。「南国の楽園」というイメージがあるが、実態は様々で、これらの島々が置かれた状況はなかなか厳しい。一方で、文化的にはほとんどが母系社会で、航海術によって行き来してきた文化があり、巨石遺跡ラッテ、ナン・マドール遺跡、石で作ったヤップのお金などの遺跡があり、海に囲まれた南国の美しい自然がある。担当者によっては日本との歴史について少々ネガティブな側面を強調したような書き方になっている部分があったりと、共著ゆえの統一感のなさを感じるところもいくらかあるが、いろいろなテーマが多層的に詳しく扱われている点にそれぞれの専門分野を分担して書いている強みも出ている。また、日本と関係の深い地域であるにもかかわらず、ミクロネシアを専門に扱った本は観光ガイド以外にはあまりないという。そのような点も考慮すると、全体的にはミクロネシアを知るためにはなかなか有意義な本である。 ミクロネシアを知るための60章【第2版】 (エリア・スタディーズ51) 関連情報
新品だとぼったくり。でも中古ならまぁまぁまぁ・・・的な感じ。。。
ニコ動には実況プレイ、YouTubeにも動画あるので気になるならどんな感じか見ればわかる。
暇つぶしにはなった。
ネクロネシア 関連情報
カレーの味のアクセントになるものを探していたところ、この商品を見つけ、注文してみました。誠意ある迅速な対応ありがとうございました!
実際にカレーに入れてみたところ、期待以上に味が良く、とても良いアクセントになりました。
カレー以外もチキンのガーリックソテーやペペロンチーノにも使ってみましたが、味にパンチが効いていると、家族にも好評でした。
ポンペイ・ホワイトペッパー(粒)43g 関連情報
日本がかつて国際連盟から委任統治領として信託された南洋のある島の酋長を歴任した実業家にして、元プロ野球選手だった相澤進ことススム・アイザワ氏(以下「相澤氏」)と、プロ野球選手時代同僚だった湘南高・慶應大出身のスターで元プロ野球選手にして後の名キャスター・佐々木信也氏、そして日本国元首相森善朗氏の3人とその親族や同僚たちを軸に繰り広げられる、日本と南洋諸島をまたにかけた20世紀の物語である。
相澤氏は日本人の父と島の酋長の娘である母との間に生まれ、後に実業家としてトラック諸島で名をはせた人物である。
確かに彼はプロ野球選手で投手として活躍したのは事実なのだが、その所属した球団のひとつが、パシフィックリーグにわずか3年だけ存在した今や幻の球団・高橋ユニオンズ(一時期トンボユニオンズ)である。
この球団は結成当初から、監督に就任した浜崎真二氏をして「ポンコツと呑兵衛の寄せ集め」と言わせしめたほどの球団だった。その「ポンコツ」にして「呑兵衛」の代表格が、元巨人軍の速球投手・スタルヒンであったが、彼は現役引退後間もなく、事故死でこの世を去った。
スタルヒン氏はロシアの亡命貴族の息子で、ある意味日本社会の「孤児」のような扱いを受けたきらいがあったが、この高橋ユニオンズ自体が実は、「球界の孤児」とさえ言われていた。
そんな球団が優勝どころか、勝ち越すことさえおぼつかなかったことは,いまさら言うまでもないだろう。
そして最「期」は、シーズンに向けてのキャンプ中の1957年3月、キャンプ地の岡山にて突如解散の運びとなった。
その解散写真と言われるべきものの中には、解散の舞台となった岡山県営球場から山側の少し先に、本当に当時「孤児」を収容していた養護施設(現在の呼称では「児童養護施設」)が写っているのだが、これも、何かの因縁というものであろう〜実はその養護施設は、それから約20年後、私も12年前後にわたり在籍し、幼少期を過ごした場所でもある。
もっとも本書では、その養護施設が写った写真は掲載されていないし、もちろんそのような情報は掲載されてはいないのだが・・・・・・
なお、高橋ユニオンズという球団の歴史ついて、詳しくは、長谷川晶一氏の著書「高橋ユニオンズ青春記」を御一読下さい。
閑話休題。
相澤氏はこの「解散」劇とともに、佐々木信也氏のように他球団に移ってプロ野球選手としてのキャリアを継続することかなわなくなり、プロ野球の世界から去った。
しかし彼は、プロ野球選手であった時から、他の選手たちのように遊びまわったりするよりもむしろ、遠征などで立ち寄った街をじっくり観察していたそうである。
おそらく、キャンプ地としてほぼ毎年来ていた当時の岡山の街も、相澤選手はくまなく歩き、後の事業発展に行かされたことだろう。
確かにそのような行動は、周囲にとって奇異に見られていた。
しかしその経験は、故郷トラック諸島に帰って後に、地元で事業を始め、そして広げていく中で、大いに役立ったという。
その相澤氏と、父がトラック諸島で軍人として活躍した頃からの人脈を受け継いだ森善朗元首相、そしてその御尊父(元陸軍大尉)と息子さん(元石川県議。若くして不幸にも早逝されたことは記憶に新しい。改めて御冥福をお祈りいたします)、そして野球界の「後輩」佐々木信也氏との、世にも不思議なつながりが、本書では余すところなく描かれている。
森善朗氏は首相在任時にはあまり良く評価されなかった嫌いもあるが、本書を読めば、在任時に巷間伝えられた森首相像とはまた違った森氏の人物像が見えてくると同時に、その御尊父の人徳をもうかがえるエピソードも登場する。
また、佐々木氏とのエピソードに関連して、戦前から戦時中に向かう時期の旧制中学史の知られざる姿も浮き彫りになる。
いろいろな意味で、読み応えのある書です。
南太平洋の剛腕投手―日系ミクロネシア人の波瀾万丈 関連情報
4月の天皇、皇后のパラオ慰霊訪問で話題になった、南洋群島(ミクロネシア)の戦前戦中戦後史である。著者は日経新聞編集委員。全230頁のうち、戦後史が約48頁で、残りのほとんどは、日本統治下の戦前戦中史である。そして、多数の民間犠牲者を出した(民間日本人の半数が死亡)サイパン戦から原爆投下までが全体の三分の一程度を占めている。特徴数多くの主張、指摘がなされているが、主要なものは以下と思う。●南洋群島の日本人移民の6割が沖縄県人であり、南洋群島戦での民間人死者は15000人、サイパン、テニアンだけで約13000人、全体の85%が沖縄出身者であったことから、南洋群島での戦いは、被害の実態をみれば、(もう一つの)沖縄戦であると位置づける。●サイパン島移民の直面した事態を「有史以来日本人の経験したことのない地獄」と呼び、子供、女性を含む多数の民間人自殺、集団自決に至った原因として、南洋群島が生活の場であり、楽園(パラダイス)であったこと、「捕囚不可教育」、「敵は残忍宣伝」、「自立判断不可の空気、思考停止状態」、「軍による強要」、「死を美化する思想」、「下層階層の持つ、より強いナショナリズム」等を上げる●沖縄県人移民は多数を占めながら、内地出身者に比べて、下級階層として差別されていた。共同体から疎外されたものが、中心の人々より、強烈な愛国心を持つ場合があり、沖縄出身移民は、実質的には「日本人」として扱われていなかったのに、懸命に「日本人」となろうとして戦い、玉砕、集団自決につながったのではないか。●日本海軍の「艦隊決戦」のための、「漸減よう激作戦」思想により、航空戦力の充実を怠ったこと、絶対国防圏なのに、島を守るための軍事要塞化がなされなかったことの批判もあるが、略。概略はじめに・・太平洋戦争の主戦場が太平洋の島々であること等の指摘。第一章・・南洋群島は第一次大戦中の1914年に日本が占領し、1919年のパリ講和会議で委任統治が認められるが、非軍事化が義務とされる。第二章・・移民政策(日本化)推進。農村不況下での沖縄からの移民の増加、製糖業の興隆と出稼ぎの楽園化、家族の移民の増加。1941年にはサイパン、パラオの人口の93%が邦人(群島全体では65%)となる。第三章・・日本の国連脱退後、「海の生命線」スローガンが叫ばれる。1940年の日独同盟で、実質的に日本領土となり、軍事飛行場、港湾整備される。第四章・・アメリカの海兵隊の絨毯爆撃、最終防護射撃、飛び石作戦の成功。民間人を巻き込んだ過酷なるサイパン島戦の叙述。ジャングル、シーサイド・クリフ、バンザイ・クリフでの地獄絵の光景。ペリリュー島戦では民間人は島外に避難させることができた。戦いのなかった島でも4800人の死者が出て、多数が餓死であった。第五章・・基地建設への本土囚人動員、朝鮮人移民等、基地からのB29による本土爆撃。広島、長崎への原爆投下第六章・・戦後の水爆実験と第五福竜丸第七章・・サイパン生存者のその後。敗戦を信じない「勝ち組」。「孤児院」「日本人学校」開設。アメリカの日本人全面退去方針により、1945年から46年までに総員6万人引き揚げ。アメリカの「海の生命線」化。沖縄県人の再移民の強い希望あるも、最終的に却下。再移民から慰霊活動へ。南洋群島は、1986年から1992年の間に3つの国、1つの自治領となる。私的感想●知らなかったことをたくさん教えていただき、忘れていたことをたくさん思い出させていただいた。戦後の平和の中に生きてきた人間として、南洋群島での戦いに起因して亡くなられたすべての人々に、強く哀悼の意を表したい。●サイパン島移民を地獄に直面させ、自殺、集団自決に至らせた理由は、おおむね著者の言われるとおりだろう。ただ、「共同体から疎外されたものが、中心の人々より、強烈な愛国心を持つ」点についてはちょっと考えてみたい。●一国家内の被差別民族、下層階級が、その国の戦争の最前線で活躍する理由は、一、被差別民族なので、軍隊内での階級も低く、必然的に最前線に立たされる。二、勇敢に戦って、自身および民族、階級の地位を上げようとする。三、著者のいう理由があると思う。アメリカ海兵隊最前線突撃隊に黒人の多いこと、欧州戦線での日本人二世部隊の活躍、ヒトラーの主張と異なり、第一次大戦で多くのドイツユダヤ人が戦死していることなどが実例としてあるだろう。●しかし、死ぬ以外に道のない玉砕、集団自決において、「疎外されたものの愛国心」が作動するかどうかはちょっと疑問がある。たぶん、自決者に最終的に作動したのは、「皇民教育の内面浸透」、「集団から離れての自立判断の恐怖」、「生存本能の低下」であったと思う。南洋群島戦での軍人日本人捕虜のほとんどは朝鮮人軍属であった。(167頁、155頁)●南洋群島への移民は、満州移民同様に国策であり、その目的は統治地の日本化と、日本の農村貧困の解決であった。歴史を最悪の結果(玉砕、集団自決)からみて、その原因を辿っていくと、第一次大戦下に南洋群島を占領したこと自体が悪いということになるだろう。また、「海の生命線」とするような危険な場所に民間日本人を多数移民させたこと、移民させておきながら、最後に安全を守れなかった(実質的に死を強制した)ことも大問題だろう。だが、善意の努力もあると思うので、ちょっとだけ、南洋移民政策を弁護してみる。●満州国は国際的に未承認だが、南洋群島の統治は1919年に承認されていた。原住民を「動物」並みに扱った(動物園政策)スペイン、ドイツ、戦後アメリカよりは、原住民を人間と考え、本気で統治した(差別はした)。住民に対して日本語教育、皇民教育をして、神社も立てたが、礼拝の強制はしなかった。経済発展させたことは間違いない。労働者としての移民なので、原住民の財産の侵害度は満州とは異なる。移民は徴兵を免除され、収入も増加し、島は日本化され、楽園、パラダイスとなった。(沖縄は飢餓地獄であった)。戦後も再移民の希望者が多数いた。子供の混合教育は認めず(これはよくない)、日本人と原住民との正式結婚も認めなかったが、婚姻外の混血児は多数存在し、現在もミクロネシア連邦の人口の二割は日本人の血を引いている。現在の住民への日本への感情は単純ではないだろうが、必ずしも悪くはないと思われる。なお、満州と異なり、サイパン戦以前に南洋群島からの女性、子供、高齢者の引き揚げが実施されたのだが、126隻中23隻が撃沈された。引き揚げるか残るかの判断は難しかった。 忘れられた島々 「南洋群島」の現代史 (平凡社新書) 関連情報



























